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ここで「シークレット・カラーズ」ってどんなバンドかって事を、できるだけ言葉で伝えられる様に説明してみるネ。
(音楽を言葉で表現する事の無力さを感じつつ...)
「どんなジャンル?」とか聞かれると困っちゃうんだけど、簡単に言っちゃうと「即興ヒップホップ」って感じになるのかな。
だいたい即興演奏って言うと、なんかいたずらに難解でとっつきにくいってイメージがあると思うんだけど、もっとある程度分かり易い形にしたかったんだ。
でも即興演奏が本来持ってるスリルとか緊張感は失わない様にネ。
ライブは基本的にノンストップで演奏するの。
誰かが特別にコンダクションをする様な事はしないし、すべての判断は各々の演奏者に委ねられてるんだ。
勿論、完全即興ってワケじゃなくて、バンド内の必要最小限の簡単な決まり事はあるんだけどネ。
そもそものインスピレーションの源はヒップホップだったんだ。
あとの大きな柱は即興演奏としてのジャズね。
今更ながら思うに、ヒップホップの登場ってのは本当に革新的な事だったんだよ。
でも今では多くの場合、段々とスタイルばかりが先行して行っちゃって、本来の精神性を失っちゃった様な気がするんだけどネ。
スタイルにばかり固執するんじゃなくて、ヒップホップには方法論として、まだまだ違った可能性が残されてるんじゃないかって思ってるんだ。
ヒップホップについて(ブレイクダンス、グラフィティなんかの要素はとりあえず置いといて)音楽の側面として考えてみると、極端な話、遊びの延長でその辺の小僧が、二台のターンテーブルでレコードを勝手に混ぜ合わせてラップをのっけただけで、それこそ世の中をひっくり返す様な音楽を作っちゃったんだな。
それは、クラシックに代表される楽典的な音楽教育や楽器の習熟って事から解放されちゃってて、ある意味誰にでも表現する意志さえあれば音楽を作れちゃうって事を意味してたって思うんだ。
何でもポジティブに面白がっちゃう姿勢が大切で、知識や経験っていうよりは、もっとセンスの問題でサ。
勿論、それには違った意味でのスキルが必要になってくるんだけどネ。
そういう意味じゃテクノなんかもそうだと言えるけど、当時機材も今ほど安くはなかったし、ヒップホップの場合、何より金が無くても豊かな発想があれば、誰でも世界と勝負する事ができるってのがデカかったと思うんだ。
それ以前から現代音楽の世界では似た様な方法論があったけど、そこにストリートのリアリティは皆無だったワケだしサ。
さらにヒップホップという音楽が、結果として飛躍的に表現の幅を得た要因っていうのは、音源(楽器)として既存のレコードを使ったって事にあると思うんだ。
レコードの情報量ってのは膨大で、作った人の価値観、哲学、環境、時代性なんかがそれこそ山ほど詰まっているワケで、それを混ぜ合わせる事によって現実的にはありえない様な架空の世界を簡単に作り出しちゃうんだな。
ヒップホップなんかのサンプリングミュージックってサ、そもそも違った物の寄せ集めだから当然「ズレ」が生じるワケでさ(質感とかイメージも含めて)、それにテンポ合わせの為にターンテーブルの回転数をいじったりするもんだから、ピッチやグルーヴのポイントまでズレてきちゃって、またそのズレが気持ち良かったりするんだよ。
それからヒップホップに派生して生まれた「DJ」というカルチャーってのは、善し悪しは別として、そもそもの音楽の聴き方自体を変容させていったって思うんだ。
ダンスミュージックとしての機能を特化させる事によって、より「感覚的」になったって言ったらいいのかな。
DJと今までの演奏家の考え方の違いといえば、DJは楽曲をより「素材」として捉えて、それを「混ぜる」「繋ぐ」「擦る」といった手法を駆使して、もっとマクロ(巨視的)な視点で時間の流れを作って行くんだ。
ある種の「客観性」みたいな意識が強いっていうか...
DJプレイで面白いって思うのは、例えばよく町を歩いててどっかのスピーカーから昔よく聴いた曲なんかが流れてきて、いきなりその当時の記憶がバーッて浮かんでくる事ってあるじゃない。
それは具体的な楽曲以外にも、特定のフレーズだったりサウンドの質感だったりするんだけど、「不意打ち」っていうかサ、自分で構えてスピーカーの前でCDを聴くときの感覚とはなんか違う様な気がするんだよね。
イメージの飛躍がタイムマシーンみたいに時間軸を超えちゃったり、行った事も見た事も無い世界が突然開けてきたりしてサ。
楽曲自体の魅力が、その前後の関わり合いに於いて何倍にも増幅されちゃう事ってあるんだよね。
あと重要なのは、ブレイクビーツに代表される「繰り返し」の手法ネ。
まずその「ループ感」ってのが単純に気持ちイイってのもあるけど、断片を素材として繰り返す事で、その素材同士の階級っていうか、優劣が曖昧になって行く気がするんだ。
例えば、調性が違ったり、イメージがかけ離れた音であったとしても、それは繰り返す事で「違和感」から「個性」に変化させる事ができるんだよ。
嘘や失敗も、繰り返せば真実になるってぇのかな。(笑)
それって何もヒップホップから突然派生した物じゃなくて、ファンクっていうか黒人音楽の伝統でもあるんだけどネ。
ジャズも含め、即興演奏の方法論っていってもいろいろでサ。
作曲者のイメージを具体的に体現する為の、厳密なルールにのっとった即興ってのもあれば、何でも有りでノーガードの打ち合いみたいな即興ってのもあるでしょ。
究極の形であるソロ演奏ってのは置いといて、要はいかに自由で発展的な人間関係が築けるかって事になると思うんだけどネ。
そこでヒップホップなんですワ。
ヒップホップの方法論って、今までの音楽にあったネガティヴな要素をことごとくポジティヴに変えて行く力があるって言えるんじゃないかな。
多種多様な人間の価値観やイメージの「違い」をクリエイティヴに利用するんだ。
更にフィジカルなグルーヴは、頭でっかちな机上の論理をぶっ壊して、あるがままの自分を肯定してくれるんだよ。
やっとここでこのバンドの話になるワケだけど(笑)
バンド編成はドラム、ベース、...の他にターンテーブルが加わるんだ。
各々の演奏者のイメージを素材としたリアルタイムリミックスって言ったら分かり易いだろうか。
演奏者各々は、作曲者でありコンダクターであり更にはリミキサーにもなるんだナ。
決まり事を簡単に言っちゃえば、各々のプレイヤーが客観性を持って、その時に感じたイメージをできるだけ明確にリズムの上で反復させるって事だけなんだ。
つまらん即興演奏にありがちな、手癖やテクニックに頼って、たいして言いたい事も無いのにペラペラと時間だけを浪費する空っぽな演奏にはしたくないからサ。
稚拙な表現でも言いたい事がはっきりしていて、音楽に対する愛情がはっきり感じとれる演奏の方が全然イイと思うからネ。
だからよくある「繰り」みたいなプレイは、極力厳禁なの。
ただ自分のイメージを明確に提示しろっていっても、そう簡単な事じゃないでしょ。
一度提示しちゃったら、ある程度繰り返すまで引っ込めちゃってッテ事だからサ。(笑)
イメージを明確にして贅肉を削ぎ落とすには「意思の力」とか「強い気持ち」が絶対に必要になってくるワケ。
やっぱり、他者に流されずに自分の内なる声を聴くってのは勇気がいる事だからネ。
ポジティヴな思考ってのがそれを可能にするんだよ。
勿論、イメージが何も浮かばないって時には音を出さないって事も、その人の選択肢としては重要な要素になるんだけどネ。
全員で音を出実場ならないっていう必然性は何処にもないんだから。
結局、「意思の力」とか「強い気持ち」が無いとただの予定調和のジャムセッションに終わっちゃうでしょ。
そうじゃなくて、他人のイメージを限りなく尊重する中でも、個と個が激しくぶつかり合う様な、発展的な調和にしたいんだよね。
普通、一つの楽曲に対してメンバー各々のイメージを統一させる方向に向かうんだろうけど、ウチらの場合は即興演奏のガチンコ勝負だからサ。
当然、各々が予想もしないイメージを共存させて行かなきゃならないワケじゃない。
個人の中でも、力量や楽器の特性によるイメージの誤差とか誤解ってのもあるしサ。
だから、ポジティヴに「違い」を楽しむって言ったらいいのかな。
それが一人の人間の頭の中だけで完結された音楽じゃなくて、バンドの中に生命力溢れる「イメージの連鎖」が起きて、聴いてる側も演奏する側も想像を超えた世界に飛んでいっちゃう様な音楽にしたいんだよね。
各々の独自のイマジネーションが素直な形で集団に生かされて、お互いの差異を尊重して認め合うって事は、性別、国籍、人種、思想、哲学、宗教を超えるって事だかんね。
そんな世界にして行かなくっちゃ。
おお、なんて崇高な理念なんだろう(笑)
ちょうどW杯も終わった所で、全然余談なんだけど、このバンドの方法論ってなんかサッカーに似てると思うんだよね。
サッカーも全く予測不能な状況の中で、個人の自由なイメージや創造性が、いかに組織としての戦術に生かされて行くかって事が重要になってくるでしょ。野球やバスケットボールみたいに派手にボコボコ点数は入らないけど、ゴール迄のプロセスを楽しむ所とかサ。
組織を打ち破るものが個人技なのに、またその逆もしかりだったり。
楽器の特性による様々なフォーメーションってのも考えられるし、即興に対するモチベーションがダイレクトに反映される形態だってのも似てると思うんだけどね。
まあ、つまらんサッカーってのもあるけどサ。
と、いろいろ書いてきたワケだけど、どんなサウンドなのかは全然判らないでしょ(笑)
実際、音を聴いてもらうのが一番の近道なんだろうけどネ。
この文章を読んで「シークレットカラーズ」ってバンドにちょっとでも興味を持ってくれたなら、まだまだバンドとしては発展途上でございますが、是非ライヴに足を運んで頂きたいと思う次第です。
2002年 7月 吉日 文責 小林