脳卒中の治療

これまで、脳卒中に関しては予防が一番であることをお話ししてきました。しかし、実際には脳卒中になってしまう方が後を絶ちません。ここでは、脳卒中になってしまった場合の治療法についてお話しします。


脳こうそく(脳梗塞)の治療

    まず最初にご理解いただければならないことは、脳こうそく(脳梗塞)などで一度死んでしまった脳は、現代の医学では二度と生き返らせることはできない、ということです。言い換えると、一度脳こうそく(脳梗塞)になってしまったら二度と「治る」事は無いということです。
なぜなら、脳は生きるために非常にたくさんの酸素とブドウ糖を取り入れていますので、脳への血液の流れが止まると脳細胞は数分で死んでしまい、現代の医療では一度死んでしまった脳細胞を再生させることができないからです。

ですから、脳こうそく(脳梗塞)になってしまった場合にできるのは、脳細胞の被害を最小限に抑えて、「いかに最小限の被害にとどめるか」ということなのです。つまり、脳こうそく(脳梗塞)の治療というのは、起こってしまった脳こうそく(脳梗塞)を少しでも軽い発作で済ませて、少しでも被害が軽く済むようにすることなのです。

実際に脳こうそく(脳梗塞)になったときに行う治療は、脳こうそく(脳梗塞)の種類や原因によって違ってきます。そこで、「脳こうそく(脳梗塞)について」のページでご説明した脳こうそく(脳梗塞)の種類や原因をきちんと診断して、適切な治療を行うことが大切となります。

実際には、一本一本ずつの脳の血管が血液を与えている脳の範囲は決まっていて、それぞれ隣の血管が血液を与えている範囲との間には少しずつ重なる部分があります。また、非常に太い部分で脳血管が詰まると、他の脳血管の末梢(先端の細い部分)の毛細血管を通して詰まってしまった血管の末梢から逆流する形でわずかづつ血液が流れてきます。
このような場合、血液が完全に行かなくなって死んでしまった脳組織の周りに血液が足らなくて(酸素不足で)死にそうになっている部分があるわけです。こういった部分を難しい言葉で半影帯(ペナンブラ)と呼びます。
このような「ペナンブラ」の状態にある脳組織は、次第に酸素不足などで死んでいってしまい、より症状が悪化するわけです。また、死んでしまった脳組織は膨らんで「腫れて」きます。この「腫れ」によって、「ペナンブラ」の部分の脳組織は圧迫されて、よけい血流が悪くなって死期を早めて行くわけです。
この理屈は難しいので簡単なたとえ話でご説明すると、「10人いる会社が、給料が少ない(=血液が不足)ので、2人辞めてしまった。新しく雇う(=脳を再生する)ことはできないし、残った8人の社員も今のままの少ない給料では辞めてしまう(=こうそくが広がる)ので、給料を増やしたり待遇を改善して(=治療を行って)残った8人が辞めないようにする」訳です。
ちなみに脳こうそく(脳梗塞)の患者さんでもリハビリテーションなどで症状が無くなったり、軽くなったりすることがありますが、これは「辞めないで会社に残った8人に辞めてしまった2人分の仕事を教え(=リハビリテーション)て、その結果8人で10人分の仕事ができれば会社の業績は回復する(=症状が治る)」訳です。もし、「8人で9人分の仕事ができるようになれ」ばその分症状は軽くなり、1人分の不足が「後遺症」となるわけです。


すなわち、脳こうそく(脳梗塞)の治療で大切なのは、ペナンブラの部分を脳こうそく(脳梗塞)へと進行させないために、ペナンブラの部分の血流をそれ以上悪くしないで、できれば改善するということです。しかし、脳は非常にもろいので、すでに完全こうそく(脳梗塞)となっている部分に血液が大量に流れ込むと逆に腫れを悪くしたり、出血を引き起こしたりして状況をより悪くする危険性もあるのです。
この部分が、実際の治療におけるジレンマとなってくるわけです。
また、「すでに死んでしまっている場所」、「ペナンブラの場所」、「血液が十分に足りている場所」の確実な判定法はありません。(いろいろな検査法が研究されていますが…) また、ペナンブラを救うためには「時間との勝負」という側面もあるわけですから、このあたりの判断が非常に難しいわけです。

脳こうそく(脳梗塞)の治療は、

  1. 血管のつまりが広がって周りの血管の血液の流れまで障害しないように血液の凝固をおさえて血液の循環を良くする点滴薬や飲み薬による治療。
  2. 脳こうそく(脳梗塞)になった脳は腫れてくるので、この「腫れ」をおさえ、周りの脳を保護するために、脳のむくみをとる点滴薬による治療。
  3. 塞栓症の場合、心臓や首の血管に「塞栓」の元となった「血栓」があることが多く、この血栓が大きくなるのを防ぎ、再発作を防ぐための血液が凝固しにくくなる点滴薬による治療。
  4. 脳梗塞で障害を受けた脳組織が「フリーラジカル」という活性(毒性)物質を出して、周囲の脳を障害して、脳こうそく(脳梗塞)による被害をより広げてしまう「遅発性神経細胞死」という現象があります。この「フリーラジカル」を消去する「フリーラジカルスカベンジャー(消去剤)」という薬剤が、世界に先駆けて我が国で開発、臨床使用されています。この薬は腎臓に負担をかけることがありますので、お年寄りや腎臓が悪い方には、使用に注意が必要です。
  5. 組織プラスミン活性化因子(tPA:ティーピーエー)という血栓を溶かすのに有効な薬が、平成○年に認可されました。この薬は、血管を詰まらせている血の塊(「血栓」)を溶かすことができるため、特に脳塞栓などの場合に血栓(塞栓)を溶かすことで詰まった血管を再開通をさせることができ、その効果が期待されています。しかし実際には、この薬の使用には数多くの制約があり、いろいろな条件を満たしたごくわずかな方にしか使用されません。その理由は、この薬による再開通の効果は高いのですが、細い血管が閉塞したラクナ梗塞などではあまり効果が得られず。脳塞栓症のように大きな血栓が外から流れてきて、太い血管を閉塞したような症例で効果を発揮するのです。しかし、あまり大きな血栓では溶かしきれないので効果が出ないですし、脳が完全に梗塞となってしまってから再開通させると逆に出血などの問題を起こします。そこで、よい効果が得られる方は、倒れてから3時間以内に投与が開始できる、またすでに広い範囲で脳梗塞が完成してしまっていない、といった条件を満たしたごく一部の方にしか実際には使用できません。この薬は心臓では以前より認可されていたのですが、脳の場合にはこのような難しい条件があり、認可までに時間が必要でした。
  6. 脳塞栓の場合、上に書いたtPAがまず優先される治療法なのですが、tPAの使用にはいろいろな制約があります。これらの制約でtPAが使用できない患者様や、tPAで十分な再開通が得られなかった患者様などで、再開通をさせることによって劇的な改善が期待できる方に対しては、血管を詰まらせている血の塊(「塞栓」)を細いカテーテルで溶かしたり破壊してしまう塞栓溶解・破砕術」や手術で血管の中のつまりを除去する塞栓除去術」などが可能な場合もあります。
    「経皮的血管形成術」や「塞栓溶解術」に関しては「脳血管内治療」のページでもご紹介いたします。これらの治療法で大切なことは、どんな脳こうそく(脳梗塞)でも治療が可能」な訳でも、「治療をすれば全ての脳こうそく(脳梗塞)が治る」訳でもないことです。発症からの時間や発作後も脳に流れ込んでいる血液の量などが一定の条件(適応)を満たしている脳のみを救うことができる治療法であり、場合によっては死んでしまった脳組織に血液が再び流れ込むことによって逆に出血などの合併症を引き起こす場合もあることをご理解下さい。
  7. 動脈硬化による脳動脈狭窄症(アテローム血栓症)が脳梗塞の原因の場合、血管の狭い(狭窄)部分を手術で直接広げる「血栓内膜剥離(はくり)手術」という手術が世界的にも行われ、その効果が認められています。また、狭い部分を風船(バルーン)付きのカテーテルで押し広げる「経皮的血管形成術」という治療が行われることもあります。
    特に首の部分の太い頚動脈(内頚動脈)をカテーテルで広げる「経皮的頚動脈血管形成・ステント術」平成20年4月に健康保険で新しく認められました。頚部の頚動脈狭窄は、最近のメタボリックシンドロームの方の増加と合わせて患者さんの数も非常に増えていて、問題となっています。
  8. 血液に結びついた酸素を増やし、ペナンブラの脳細胞を守るための酸素吸入。患者様の状況によっては、強制的に血液に酸素を溶け込ませる、「高気圧酸素治療」という治療が行われることもあります。この治療の脳こうそく(脳梗塞)に対する効果は現在疑問視されていますが、脳こうそく(脳梗塞)に伴う脳浮腫(脳の腫れ)などには効果があると考えられています。

    高気圧酸素治療のための「チャンバー」(クリックすると拡大されます)

これらの治療はあくまでも「脳こうそく(脳梗塞)になってしまた時に被害を最小限に食い止める」ためのものです。しつこいようですが、脳こうそく(脳梗塞)から身を守るためには「予防」が最も大切なことを強調します。
それと、脳動脈硬化や脳塞栓以外の原因で脳こうそく(脳梗塞)を起こすことがあります。特に若い方で脳こうそく(脳梗塞)を起こしたことがある、あるいは「一過性脳虚血発作」を起こしたことがある方は、何らかの異常が脳の血管などにある可能性がありますので、専門医(脳神経外科または神経内科医)にご相談いただくことをおすすめします。