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「シナリオの素晴らしさ」の内実へ
−各シナリオ論評−1999.9.10
「ONE」の中で人気が高いキャラは里村茜と川名みさきであった。そしてこの二人(と澪)のシナリオが久弥直樹氏の担当であることから、メインの麻枝准氏より人気があったのも紛れもない事実である。
さて、「Kanon」は初めて久弥氏がメインとなって作られたゲームだ。さあ、それではこのゲームは期待に応える内容となっただろうか?
「Kanon」はしかし、実際には久弥・麻枝両者のシナリオが余り融合することなくそれぞれの世界を作り出している。そして久弥系(名雪・あゆ・栞)が全体で「ちびあゆ」中心の世界を構成するのに対して、麻枝系(真琴・舞)はあゆとも関わらず、それぞれも完全に独立している。舞は唯一選択次第では出会うことのない存在でもある。
さて、それではそれぞれのシナリオを評価してみよう。
まず、久弥側。
栞シナリオは、本来ならその存在意義を問われかねない内容。なぜなら、不治の病となったという栞が抱える問題に、主人公は全く関わらないからだ。つまり、主人公はたまたま会ったに過ぎないのだ。
その弱さを補完するのがあゆとの関係だった。シナリオ中では何となく病床のあゆと栞が知り合いであった雰囲気があった。そしてあゆの「最後の願い」で栞が生きること。
……それでも、厳しく言えばやはり主人公とは関係のない所で話が進んでいる。だいいち、重要な点が一つ。このシナリオでは「願い」を叶えるべき主人公が人形のことを思い出していない。従って、あゆが自らの命と引き換えに、単独で栞を救ったとしか捉えることが出来ないのだ。
脇役の香里が活躍出来なかった点も減点要素。栞がキャラとして魅力がないとは言わないが、残念ながら内容で評価することは難しい。
名雪は幼なじみで、主人公をある意味最もよく知る者だ。が、やはりシナリオは薄く、余り評価出来ない。
この話でも最大の欠点は主人公の当事者意識の薄さだろう。母秋子の事故は、それまでのストーリーとは脈絡がない。言葉が悪いが、ヤマを迎えることの出来ないストーリーに無理矢理付けた転機である。
従って、奇跡の必然性も弱い。確かに二人は秋子の回復を念じただろうが、ごく一般の交通事故に奇跡が起きるというのは不自然な印象を受ける。
これ以上は不満が並ぶだけなので止めておこう。ちなみに、キャラとして魅力がなかったわけではないことは補足しておく。
さて、実質メインのシナリオである、あゆ。上記二人に比べれば話はよく出来ていると言えよう(逆に言えば、無理にあゆと結び付けようとしたことが、上記シナリオの問題でもある)。
「夢」と「奇跡」がこのシナリオのキーワード。しかし、どちらも余りひねりがないようだ。
あゆの登場する世界。それは、主人公が自ら覆い隠した過去の事件をきっかけに二人の思念によって現れたものと考えられる。ありていに言えば、それは主人公の心の傷を癒すための妄想である。
だが、次第に隠された世界は顔を覗かせる。なぜなら、夢は覚めるものだから。ここで夢と現実ははっきり二元論を構成している。……もっとも、癒しとは「あちらがわ」の世界によって行われるものだから、当然なのだが。
当然ではあるが、それは世界観を陳腐なものにしてしまった。夢と現実の往還運動というのは、物語のテーマとして普遍的なもの(神話起源)で、あゆシナリオもその一変形でしかない。
しかも、久弥シナリオに共通する問題点がここにもある。あゆの事故は偶然だったということだ。久弥氏の話はどれも、事件の脈絡がないのだ。これは奇跡を受け入れる時に多大な障害となる。
こうして並べると、残念ながらこの三本は「ONE」と比較出来る内容ではなかったと結論せざるを得ない。そして個人的には、ここから「ONE」のシナリオも再評価を行わなければとの思いを強くした。
例えば澪シナリオのラストにある主人公の述懐。あれは麻枝的世界と矛盾しているかもしれない。日常に還る、という話ではなく、日常だった世界が変容するのが本来の形ではなかろうか。
ちらっと触れてしまったが、変容であって往還運動ではないこと。麻枝シナリオを語る鍵はそこにあると思う。
真琴シナリオは、私が最も評価するもの。この話の根幹は昔話だ(雑誌インタビューで麻枝氏が「お伽噺」と称したのは興味深い)。異類婚姻譚一般というのは、神話に起源する普遍的なもので、もともとは異世界との交流から新たな力を得ることが主題である。ただし、いわゆる昔話的には、「叶わぬ恋」の物語でもある。
麻枝氏はそこに「家族」の問題を持ち込んだ。いわゆる家父長制のそれとは違う、コミュニケーションに関する思想。それが極めて現代的なテーマであることは言うまでもない。
そのきっかけは間違いなく主人公にあった。現代人の理想的「家族」に触れた真琴は人間に憧れ、転生する。それを主人公の罪と捉え、ものみの丘での「結婚式」(これまた、戸籍の問題ではないことは重要)によって贖罪を果たす。この絆が真琴を繋ぎ止めることになったのかどうか、ラストはやや曖昧だが、ピロの存在などから考えると、結婚は果たされたのではなかろうか。
#ちなみに、個人的には美汐とのエンディングでも良かったのだが、まあこれは蛇足。
さて、わずかな時を経て、再び真琴のいない世界となる。しかし、それは明らかに往還運動とは違う。主人公はあくまで同じ世界を生きている。違うのは、世界の深い部分を知ったかどうかという点だ。
それをあえて唯一無比の世界を生きることだと考えれば、「ONE」の世界観と重なることになろう。
正直、今更な気もするのだが、舞シナリオ。あんまり放り出すのも良くないし。
最終日を迎えるまでほとんど内容が掴めないというなかなかイカス構成。と言うか、はっきり言えば前日までのシナリオはほぼ佐祐理シナリオと言っていいだろう。
生徒会の権力争いが地元の有力者を巻き込んで展開される。佐祐理シナリオ(と呼ぼう)の根幹に舞が絡んでいるとは言い難い。確かに生徒会にとって舞は何かとけむたい存在らしいが、彼女には政治的野心がない。
もっとも、現実の「生徒会」における権力意識なんて、その程度のモノだと言えばそうなのだが。政治家と結びついて「偉く」なろうとする、その過程においては別に舞などどうでもいい存在だ。佐祐理一人で十分だのだ。しかし、私が過去に出会ってきたつまらぬ権力志向の者たちは、実に些細なメンツにこだわっていたのも事実だ。
それは、一言で言えば権力を持つに値しない自らの資質を常識的価値観で補おうとするものである。例えば「年上を敬う」とか、「挨拶をきちんとする」とか、それらの題目一つ一つが意味をなさないものだとは思わないが、あくまで基本は当の人物が尊敬するに値するかである。生徒会の彼は、ありきたりに過ぎるキャラだが、尊敬されない人物としてはそんなものなのかも知れない。
脱線した気がする。しかし、あくまでこれはシナリオ自体が脱線しているのだと言い訳しよう。ちなみに分岐後の佐祐理シナリオも、権力者の子供たちの物語として続くのだが、まあ講評するほど書き込まれてはいないので保留。なお、このシナリオを麻枝氏は「クリア出来ない理由を説明するもの」と述べていた(同氏BBS)が、実際そのくらいの内容だと思う。
舞の話をしてないが、まあ主人公との出会い、そして別離によって魔物が誕生し、それゆえ主人公の元で戦いに終止符を打つ。「ウテナではない」と企画書に書かれてたらしい(これもBBSより)ことはさておき、一応筋は通っているので及第点。
ただし、私は超能力ネタが嫌いである。昔読んだ同名のマンガ(サンデーのやつ)を思い出すから、というのは冗談だが、根本が非現実的だとどうしてもシナリオが薄くなってしまう。非現実的な設定はこれまでの蓄積の上でしか作れないだけに、結果としてお約束な世界を抱えてしまうのだ。
それでも、ラストの演出などは良くできている。真琴シナリオ同様、曲「残光」が非常にうまく使われている。やはり自身で作曲しただけに、曲を生かす場面作りが出来たということだろう。
……と、作曲者は正式には非公開だったな。まあ、ちょっと考えれば判るだろう(ついでに、よく聞けば「MOON.」の「陽のさす場所」とどことなく似ている)が。
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